2013年02月12日
宝暦治水工事、漫画化すっぞ!その2
さっきの続き。
やはりパソコンの中で描くよりも、紙に描いた方がストレスフリー。

描いてるうちに、やっぱり線が太く太く太く太くなっていくのがアタシの悪い癖ですが、安彦良和大先生のようなタッチで描けたら最高だな~と思いましたマル。

いやはや何はともあれ、デッサン力ですね。
人間の骨の構造やら筋肉の構造やらを把握していないアタシは話にならないっす。
とりあえず描いて描いて描きまくろう。
絵を描いている時が最高に幸せだと今日改めて気づきました。 続きを読む
やはりパソコンの中で描くよりも、紙に描いた方がストレスフリー。

描いてるうちに、やっぱり線が太く太く太く太くなっていくのがアタシの悪い癖ですが、安彦良和大先生のようなタッチで描けたら最高だな~と思いましたマル。

いやはや何はともあれ、デッサン力ですね。
人間の骨の構造やら筋肉の構造やらを把握していないアタシは話にならないっす。
とりあえず描いて描いて描きまくろう。
絵を描いている時が最高に幸せだと今日改めて気づきました。 続きを読む
2013年02月12日
宝暦治水工事を漫画化すっぞ!
先月、母と母の同級生と、同級生の息子さんと4人で岐阜に行って宝暦治水工事の史跡巡りをしてきました。
その時にお参りした海蔵寺で分けて頂いた 杉本苑子氏の『孤愁の岸』をつい先日読了。
長い時間がかかってしまいましたが、この名作に大変感動したアタクシ。
そしてこの作品が直木賞受賞ということに、読み終わってから気づいたという、ね。
2015年の国民文化祭に向けて、宝暦の治水工事を演劇化したいアタクシとしましては、まずは原作が必要になってくるわけですが、『孤愁の岸』を原作にするその前に、漫画化したくてたまらなくなりました。
これはおそらく著作権を持っている講談社と相談してからの事になるでしょうが、いてもたってもいられなくなったアタシはキャラデザインを始めてみる。

ほんの10分ほどで描いたので適当千万この上ないが、雰囲気としてはこんな感じはどうかな、と。
ほんとはもうちょっと劇画タッチにした方がいいのかもしれないけど、すでに発刊されている治水工事の漫画が劇画タッチなので、かぶらないようにしないとな~と思ってのキャラデザでした。
この路線のタッチで進めていくとなると、もう少し自分の研鑽が必要。
アタシのタッチはどことなく かわぐちかいじ氏のようなものになってしまっているので、路線変更するために描き込む必要がありそうです。
でも全ての漫画世代に手に取ってもらえるような漫画にするためには、見てくれのキャラって大事だと思うんだ~。
しかし…。いつ描くんだ…。という時間の問題をどうにかしないといけないことに、今気づきました。
その時にお参りした海蔵寺で分けて頂いた 杉本苑子氏の『孤愁の岸』をつい先日読了。
長い時間がかかってしまいましたが、この名作に大変感動したアタクシ。
そしてこの作品が直木賞受賞ということに、読み終わってから気づいたという、ね。
2015年の国民文化祭に向けて、宝暦の治水工事を演劇化したいアタクシとしましては、まずは原作が必要になってくるわけですが、『孤愁の岸』を原作にするその前に、漫画化したくてたまらなくなりました。
これはおそらく著作権を持っている講談社と相談してからの事になるでしょうが、いてもたってもいられなくなったアタシはキャラデザインを始めてみる。

ほんの10分ほどで描いたので適当千万この上ないが、雰囲気としてはこんな感じはどうかな、と。
ほんとはもうちょっと劇画タッチにした方がいいのかもしれないけど、すでに発刊されている治水工事の漫画が劇画タッチなので、かぶらないようにしないとな~と思ってのキャラデザでした。
この路線のタッチで進めていくとなると、もう少し自分の研鑽が必要。
アタシのタッチはどことなく かわぐちかいじ氏のようなものになってしまっているので、路線変更するために描き込む必要がありそうです。
でも全ての漫画世代に手に取ってもらえるような漫画にするためには、見てくれのキャラって大事だと思うんだ~。
しかし…。いつ描くんだ…。という時間の問題をどうにかしないといけないことに、今気づきました。
2013年01月17日
こんな…貴重品!!
これも別ブログに掲載していた記事ですが、こちらに統合します。2012年の11月に掲載したものです。
―――――――――――
国民文化祭・かごしま2015の際に、県民提供事業をもういっこ思いつきました。
恐竜展。
なぜこれに至ったかというと、今日、当音楽館Rainにランチに来てくださったお客様の熱い話からでした。
皆さんたぶんホントにご存じなかったと思います。
県立博物館に展示してある恐竜の化石が、異常なまでに貴重だという事!!
お客様に教えて頂いてすぐさま県立博物館別館に走ってみる。
そしてよくよく展示の内容を見たら、ホントにお客様のおっしゃる通り、貴重な化石だという事を知りました。
簡単に説明しますと、日本で最初に展示された恐竜の化石だということです。
もう少しいうならば、東京上野の国立科学博物館の玄関を飾っているアロサウルスの化石と同一地層から出た兄弟化石であるということです。
この化石を寄贈してくださったのは、アメリカでビジネスを成功させた小川勇吉氏という方。
私費で発掘作業を進めたところ、7割がたほぼ完全な形のアロサウルスの化石2体と、草食恐竜の化石1体を発見。
それを祖国に寄贈したいと、国立博物館に打診したのが1964年ごろのことでした。
ところが国立のほうは、置かせてくださいだろ、という内容の文書に署名捺印までさせたわけです。
こんな扱いにガッカリした小川氏は、1体だけを国立博物館に寄贈し、あとの2体をどこかもっといい所へ、とお考えになった。
そこで出てきたのが鹿児島出身で同じくアメリカ在住で小川氏と交流があった八島太郎氏。
彼が、ぜひ鹿児島へ!!と大推薦してくださったおかげで、この世界的にも超貴重なほぼ完全な形のアロサウルスが鹿児島へやってきたのでした。
マジで世界的にも珍しい化石だったので、鹿児島が世界一の博物館になるだろうと、そのとき誰もが夢を描きました。
ところが!!!
言うちゃなんですが、うちの展示物は・・・号泣もんですっっ!!!

どうしてこういう会議室みたいなところに追いやられているのでしょう!!
いえ、いいんです、それでも当時の色々な状況や県の財政など仕方ないこともあるでしょうから。
でも、見せ方がもうちょっとあるだろーーーーっ!!

せ、せ、せめて照明!!! 蛍光灯って!!!
そして解説を助けるはずの新聞のコピーの綴りとか、1部しかないって!!一人ひとり読めない!!!
そして極めつけが、この心血を注いで発掘し、寄贈し、鹿児島への展示を尽力なさった皆さんのお名前が

消火栓の上だなんてーーっ!!!
ひどすぎます。正面に置くべきでしょう!!!
…と、母と二人で仰天して大声あげてしまいました。
そう。大声があげられるほど、別館に訪れる人はほとんどいないので迷惑にならないんです!!!それもまた号泣!!
それでも唯一の救いは、今年の春に、恐竜の立ち方がゴジラスタイルから尻尾水平スタイルに改正されたことです。
それも大きな金額を投じての骨格改正工事だったようです。
税金を投じた甲斐があったことだと思います。だって私、3年前に見に行ったときに思ったもの。
このスタイル、古いな~。イラストも古いな~。みんな尻尾引きずってら~…(-"-)と!!
というわけで、私は思いました。そしてお客様とも話しました。
3年後の国民文化祭では、上野に行けなかったら鹿児島においで!というようなキャッチフレーズで、恐竜パビリオンやります。
県内の恐竜博士くんたち。
3年後にパビリオンボランティアとして おいでなさいませ!!!
恐竜展実現に向けての第一歩として、水曜日に文化祭事務局に遊びに行ってきますw
―――――――――――――
というわけでございまして、この後年末に恐竜情報をくださったお客様、U生様と熱くメールのやり取りをしまして、この展示が物凄い広がりを見せて盛り上がることが見込まれるという結論に至りました!
これは、ほんとに、やらないと、いけないっす!!!!!!!
―――――――――――
国民文化祭・かごしま2015の際に、県民提供事業をもういっこ思いつきました。
恐竜展。
なぜこれに至ったかというと、今日、当音楽館Rainにランチに来てくださったお客様の熱い話からでした。
皆さんたぶんホントにご存じなかったと思います。
県立博物館に展示してある恐竜の化石が、異常なまでに貴重だという事!!
お客様に教えて頂いてすぐさま県立博物館別館に走ってみる。
そしてよくよく展示の内容を見たら、ホントにお客様のおっしゃる通り、貴重な化石だという事を知りました。
簡単に説明しますと、日本で最初に展示された恐竜の化石だということです。
もう少しいうならば、東京上野の国立科学博物館の玄関を飾っているアロサウルスの化石と同一地層から出た兄弟化石であるということです。
この化石を寄贈してくださったのは、アメリカでビジネスを成功させた小川勇吉氏という方。
私費で発掘作業を進めたところ、7割がたほぼ完全な形のアロサウルスの化石2体と、草食恐竜の化石1体を発見。
それを祖国に寄贈したいと、国立博物館に打診したのが1964年ごろのことでした。
ところが国立のほうは、置かせてくださいだろ、という内容の文書に署名捺印までさせたわけです。
こんな扱いにガッカリした小川氏は、1体だけを国立博物館に寄贈し、あとの2体をどこかもっといい所へ、とお考えになった。
そこで出てきたのが鹿児島出身で同じくアメリカ在住で小川氏と交流があった八島太郎氏。
彼が、ぜひ鹿児島へ!!と大推薦してくださったおかげで、この世界的にも超貴重なほぼ完全な形のアロサウルスが鹿児島へやってきたのでした。
マジで世界的にも珍しい化石だったので、鹿児島が世界一の博物館になるだろうと、そのとき誰もが夢を描きました。
ところが!!!
言うちゃなんですが、うちの展示物は・・・号泣もんですっっ!!!

どうしてこういう会議室みたいなところに追いやられているのでしょう!!
いえ、いいんです、それでも当時の色々な状況や県の財政など仕方ないこともあるでしょうから。
でも、見せ方がもうちょっとあるだろーーーーっ!!

せ、せ、せめて照明!!! 蛍光灯って!!!
そして解説を助けるはずの新聞のコピーの綴りとか、1部しかないって!!一人ひとり読めない!!!
そして極めつけが、この心血を注いで発掘し、寄贈し、鹿児島への展示を尽力なさった皆さんのお名前が

消火栓の上だなんてーーっ!!!
ひどすぎます。正面に置くべきでしょう!!!
…と、母と二人で仰天して大声あげてしまいました。
そう。大声があげられるほど、別館に訪れる人はほとんどいないので迷惑にならないんです!!!それもまた号泣!!
それでも唯一の救いは、今年の春に、恐竜の立ち方がゴジラスタイルから尻尾水平スタイルに改正されたことです。
それも大きな金額を投じての骨格改正工事だったようです。
税金を投じた甲斐があったことだと思います。だって私、3年前に見に行ったときに思ったもの。
このスタイル、古いな~。イラストも古いな~。みんな尻尾引きずってら~…(-"-)と!!
というわけで、私は思いました。そしてお客様とも話しました。
3年後の国民文化祭では、上野に行けなかったら鹿児島においで!というようなキャッチフレーズで、恐竜パビリオンやります。
県内の恐竜博士くんたち。
3年後にパビリオンボランティアとして おいでなさいませ!!!
恐竜展実現に向けての第一歩として、水曜日に文化祭事務局に遊びに行ってきますw
―――――――――――――
というわけでございまして、この後年末に恐竜情報をくださったお客様、U生様と熱くメールのやり取りをしまして、この展示が物凄い広がりを見せて盛り上がることが見込まれるという結論に至りました!
これは、ほんとに、やらないと、いけないっす!!!!!!!
2013年01月17日
ほんだの国民文化祭2015報告
別ブログに掲載していた国民文化祭2015の情報を、こっちに統合することにしました。
別管理というのはなかなか手間のかかるものでして…!すみません。
というわけで、以下の記事は2012年11月11日に掲載したものです。

今年の8月に国民文化祭を知り、さっそく国民文化祭2015の大会基本構想のファイルをダウンロードして熟読。
ところが県が主催しているのか、市町村がどう絡んでいるのか分からなかったので、準備室に早速メールで問い合わせてみました。
準備室からはすぐに返信が。
県庁や官庁は問合せのメールを無視するか、返信が半年後とかいうのもザラな中、準備室の対応の早さにまず感動。
いや~アタクシ、今まで環境省と防衛省と県とホワイトハウスにメール送ったことがありますが、一番返信が速いのがホワイトハウスで翌日に返信あり。次に防衛省で半年後でしたね。環境省と県は返信すらないわけでして。
さ、話が反れました。
そんな文化祭準備室の対応にすっかり満足した団長は、今月まで文化祭に参加する妄想計画を膨らませていました。
11月の2日だったでしょうか。
あまりに膨らみすぎた計画を、どこかに喋りたいという衝動に駆られて、準備室に2度目のメールをしました。
大会当日から逆算していくと、もう来年年明けぐらいから動き出さないと遅いという計算結果になったので、来年から勝手に動き出していいかという伺いのメール。
できることなら、「国民文化祭2015」などという言葉を使っていきたいので、どうやって使えばいいか、どこまで使えるのか、今後、県がどのような動きをすることになるか、私が邪魔にならないかなどを、か・な・り・の長文で送りつけました。
いやはや、もう返信してたら追いつかないと思われましたか。
週が明けた5日(月)に、直接準備室から電話がかかってきまして(笑)!!
絶対「ほんだ、お前何者だ?」と思われたはずだと笑えました。やりすぎた~アタシ!!
しかし準備室のH崎さんは、時間があるときに準備室に遊びに来てください、と気さくに声をかけてくださいましたので、お言葉に甘えてその日の夕方に準備室に突撃訪問することにしました。
実は団長は、毎日異常に忙しい自営業とプライベートで、1日1時間ぐらいしか暇がないのです。
行けるときに行っておかないと、次いつ行けるか分からないなどと二の足踏んでいるとモチベーションが錆びる。
というわけで、クソ忙しい準備室の職員の皆さんの貴重な1時間ほどの時間をもらって、準備室で生のお話を聞くことができました。
やっぱり自ら足を運ぶのはいいですね。
顔を名前を憶えてもらうというのも非常に大切なことだ。
メールのやり取りや、HPを見るだけの一方通行では得られない情報が盛りだくさんでした。
「誰かがやらないかな~」というのが一番よくない。
「アタシがやりたいな~」というのが一番よい。
今回、それを改めて感じることができて、今後の文化祭への取り組みの自信にもつながりました。
準備室のH崎さん、S戸口さん、丁寧な対応、本当にありがとうございました!
別管理というのはなかなか手間のかかるものでして…!すみません。
というわけで、以下の記事は2012年11月11日に掲載したものです。

今年の8月に国民文化祭を知り、さっそく国民文化祭2015の大会基本構想のファイルをダウンロードして熟読。
ところが県が主催しているのか、市町村がどう絡んでいるのか分からなかったので、準備室に早速メールで問い合わせてみました。
準備室からはすぐに返信が。
県庁や官庁は問合せのメールを無視するか、返信が半年後とかいうのもザラな中、準備室の対応の早さにまず感動。
いや~アタクシ、今まで環境省と防衛省と県とホワイトハウスにメール送ったことがありますが、一番返信が速いのがホワイトハウスで翌日に返信あり。次に防衛省で半年後でしたね。環境省と県は返信すらないわけでして。
さ、話が反れました。
そんな文化祭準備室の対応にすっかり満足した団長は、今月まで文化祭に参加する妄想計画を膨らませていました。
11月の2日だったでしょうか。
あまりに膨らみすぎた計画を、どこかに喋りたいという衝動に駆られて、準備室に2度目のメールをしました。
大会当日から逆算していくと、もう来年年明けぐらいから動き出さないと遅いという計算結果になったので、来年から勝手に動き出していいかという伺いのメール。
できることなら、「国民文化祭2015」などという言葉を使っていきたいので、どうやって使えばいいか、どこまで使えるのか、今後、県がどのような動きをすることになるか、私が邪魔にならないかなどを、か・な・り・の長文で送りつけました。
いやはや、もう返信してたら追いつかないと思われましたか。
週が明けた5日(月)に、直接準備室から電話がかかってきまして(笑)!!
絶対「ほんだ、お前何者だ?」と思われたはずだと笑えました。やりすぎた~アタシ!!
しかし準備室のH崎さんは、時間があるときに準備室に遊びに来てください、と気さくに声をかけてくださいましたので、お言葉に甘えてその日の夕方に準備室に突撃訪問することにしました。
実は団長は、毎日異常に忙しい自営業とプライベートで、1日1時間ぐらいしか暇がないのです。
行けるときに行っておかないと、次いつ行けるか分からないなどと二の足踏んでいるとモチベーションが錆びる。
というわけで、クソ忙しい準備室の職員の皆さんの貴重な1時間ほどの時間をもらって、準備室で生のお話を聞くことができました。
やっぱり自ら足を運ぶのはいいですね。
顔を名前を憶えてもらうというのも非常に大切なことだ。
メールのやり取りや、HPを見るだけの一方通行では得られない情報が盛りだくさんでした。
「誰かがやらないかな~」というのが一番よくない。
「アタシがやりたいな~」というのが一番よい。
今回、それを改めて感じることができて、今後の文化祭への取り組みの自信にもつながりました。
準備室のH崎さん、S戸口さん、丁寧な対応、本当にありがとうございました!